絶海の無人島で12年間生き延び、手作り船で脱出した江戸時代の超人
2021/01/23
テレビでは、芸能人が無人島で「0円生活」に挑戦したり、船を作って島からの脱出を試みたりする番組が人気を集めている。
江戸時代、漂流後たどり着いた無人島で12年間生き延び、そこから手作りの船で230キロ先の別の島に渡って脱出に成功した人物がいたことを知っているだろうか。
今年で没後200年。その人物の足跡をたどった。(2020年5月9日付読売新聞高知県版から)
■「東洋のロビンソン・クルーソー」
土佐湾を見据える無人島長平の像(高知県香南市で)
強靱な意志が顔に表れている。高知県香南市の土佐くろしお鉄道香我美駅前。険しい眼まな差ざしを土佐湾に向ける男の像がある。
江戸時代、土佐から760キロ離れた無人の小島に船で流れ着き、12年後に生還した「無人島長平(ちょうへい)」だ。
没後200年を迎える「東洋のロビンソン・クルーソー」。不屈の精神を今に伝えている。
「生きるために様々な工夫を凝らした。決して諦めることがなかった」
節目の年を前に像の修復を計画する準備委員会の矢野佳仁会長は、地元の英雄をそう語る。
■強風に襲われ船で漂流し、無人島へ
近藤勝氏が著した「無人島長平物語」によると、ここで生まれた船乗りだった。
旧暦の天明5年(1785年)1月、「天明の大飢饉」で、藩にもらい受けた救済米250俵を田野、奈半利に運んだその帰りに、強い西風に襲われたという。
船は損傷、舵や飲み水、火種も失い、漂流。乗船していた長平ら4人は、生米をかじり、雨水で命をつないで約2週間後、伊豆諸島南の無人島・鳥島に漂着した。
■無人島での壮絶なサバイバル生活
鳥島全景(1999年、本社ヘリから撮影)
周囲8.5キロの小島。4人は岩穴で生活し、加工した釘くぎで魚を釣り、貝や海藻を採った。
島に生息するアホウドリも食料にし、卵の殻は雨水をためる器に使った。羽毛は、木の皮をほぐした繊維と合わせて衣服にした。
火をおこせない生活は厳しく、仲間の3人は2年を待たずに死亡した。生食が大きな要因とみられる。
長平は1年5か月、孤独を強いられた。木ぎれで数珠玉を毎日一つ作り、年月を数えたという。
天明8年(88年)1月に大坂の船が、寛政2年(90年)1月には薩摩の船が漂着し、火打ちや大工の道具が手に入った。
それでも助けを待つうちに4人が死亡。同6年(94年)の夏、残った14人で、流木を集めて船造りを始めた。
引用元: ・無人島で12年間「0円生活」、手作り船で230キロ離れた島に脱出した江戸時代の超人 [疣痔★]
なかなかおもしろい
良い事聞いたぐぐってくる!
本にしてくれ。面白そう。
渡瀬恒彦の怪演も見どころ
むしろ、縄文時代の人の方が、摩擦熱で火を起こすマイスターだったかも?
お前もおこせねーじゃん
小学校の原始人クラブでやった、おがくずと木を摩擦させる方法が使えれば。
あと、現代人の知識なら、凸レンズ(ただし、自然にある物品でどうやってレンズ作るのかアイディアが必要)で、日光を集めて自然発火させる。
それと、アホウドリの糞なら、マッチの原料になるリンが沢山取れそうだけど、
そっち系の専門家がいないと思い付かないかな?
それと火山島なので、地熱や温泉、硫黄を上手く利用できたら。
文とか銭とか両って単位だから0円だわな